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高松高等裁判所 昭和35年(う)225号 判決

被告人 青井利根夫

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

所論は、原判決の事実誤認を主張するものであるけれども、一件記録を精査し、原審で取調べた証拠を検討するに、原判決挙示の各証拠によると次の事実を認定することができる。

即ち、被告人は昭和三三年秋頃、善家鉄太郎に対し同人所有にかかる原判示山林内の立木を買いたいと申入れたが、同人は右山林内の立木中自家用の木材を取つた残りを売るということであつたので、右立木売買の話は一時中止になつたが、被告人としては右立木を買取りたいと考えていた。

ところがその後、被告人の知らぬ間に青儀輝吉が右山林内の立木を買受け、これを伐採し始めた。被告人は、昭和三四年九月八日この事実を聞知し、自分が先に口をかけていた山を青儀に横取りされたと憤激し、直ちに青儀と同道して原判示善家鉄太郎方に行き、青儀に対し善家との間の右立木売買を破談にするよう迫り、善家方表入口附近において、被告人は善家方屋内に居た青儀に対し、附近にあつた平鍬を手にとつて構え「おい青儀出てこいやつちやる。」等と怒号し、或は「儂が犠牲になつてやるぞ。」等と申向け、今にも暴行を加えるような気勢を示した。このような被告人の所為により、青儀は極度に畏怖していたところ、当時被告人と同道して同所に居合せた滝沢幸太郎、板尾定義らが被告人の怒り方が余りに激しいので、青儀に対し金でも出して謝らなければこの場は納まらないと勧めるし、青儀も被告人の右言動に畏怖し、かつ右立木は既に他人に転売しており、今更善家との話を破談にすることもできず困惑していたので、右滝沢らを通じ被告人に対し金一万円を提供することを申し出た。この申出に対し、被告人は当初は「金はいらない。売買の話を破談にせよ。」といつていたが、間もなく滝沢らを通じ金を出すならば金二万円を出すよう要求するようになつた。そこで滝沢らが仲に入つた結果、青儀が被告人に金一万五千円を提供することを約束するに至り、翌九月九日原判示滝沢幸太郎方で青儀が滝沢に金一万五千円を交付し、同日被告人は滝沢から右金員を受け取つた。被告人は右脅迫行為により青儀が畏怖困惑したため右金員を提供するものであることを承知していた。

右認定の事実関係によるならば、被告人の青儀に対する脅迫行為は、初めは同人より金員を喝取する目的に出たものではなく、青儀と善家との間の立木売買を破談させる目的に出たものであることは所論の通りであり、右立木売買に関しては前記のような事情があり、青儀の仕方には同業者間の情誼に反したところがあつたかもしれないけれども、被告人としても青儀に対し右のように既になされた売買契約を解消することを要求すべき正当な理由があるわけではなく、従つて、被告人の右脅迫行為の目的自体も不当なものというべきである。そうして、右脅迫行為により青儀が畏怖困惑し、被告人の右要求に応じられない代償として、かつ、被告人からの脅迫を免れるために金銭を提供することを申出たのに対し、被告人は青儀に対し直接要求しなかつたとはいえ、同行の滝沢らを通じ金を出すならば金二万円を出せと要求し、もつて、金銭の提供によつても被告人の右要望を満し得る余地のあることを示し、結局金一万五千円を交付させたものであり、被告人も右金銭提供の申出は青儀が被告人の脅迫行為により畏怖した結果によるものであることを知つていたものである。そうすると、右のように恐喝者の脅迫行為が、当初は財物の交付又は財産上の不法利益の獲得の目的以外の目的に出たものであつたとしても、その目的とするところが不当なものであり、脅迫行為により畏怖した被恐喝者がこれを免れる手段として進んで金銭の提供を申出たのに対し、恐喝者が脅迫行為により意図したところのものが金銭或は財物の提供によつても代替的に満し得るとの意向のあることを示した上、金銭又は財物の交付を受けたような場合には、恐喝者の右一連の行為は恐喝罪を構成するものというべきである。そうすると、被告人の前認定の所為は恐喝罪に当るものというべきであるから、原判決には何ら所論のような事実誤認の違法はなく、その他一件記録並びに証拠を検討しても、原判決には判決に影響を及ぼすような事実誤認の点は発見できない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用の負担につき同法第一八一条第一項本文に則り、主文の通り判決する。

(裁判官 加藤謙二 小川豪 石井玄)

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